“キラキラ”って、なんだろう。
第5話「ニャアンはキラキラを知らない」で、ふと漏れたニャアンの言葉は、戦争という非情な現実のなかで唯一、彼女が「まだ壊されていない」場所を指していた。
戦闘が始まり、命が散り、信念と信念がぶつかる――そんな中で、彼女の目は“何か”を探していた。それは光か、それとも温もりか。
『ガンダムジークアクス』第5話の基本情報とあらすじ
第5話のサブタイトルは――「ニャアンはキラキラを知らない」。
この言葉を聞いたとき、あなたは何を想像するだろう。
光? 夢? 希望? あるいは、そんなものを失った誰かの姿だろうか。
この回は、ニャアンという少女が戦場の只中で“自分の役割”と“他者との関係”を初めて意識する――そんな「変化の始まり」が描かれている。
そしてその変化は、かつて戦場を駆けた伝説の兵たちの帰還によって、より鋭く、より深く浮かび上がる。
第5話タイトルと配信情報
サブタイトル:「ニャアンはキラキラを知らない」
配信日時:2025年5月5日 各種配信プラットフォームで順次公開
監督・脚本:磯部陽一/黒崎翔太
本話は、感情の“芽生え”と“試練”を同時に描く構成で、シリーズの中でも印象深い回となっている。
あらすじ:ニャアンの初陣と“黒い三連星”との邂逅
新たな戦域で緊張するニャアン。彼女は、これまでの訓練とは違う“命のやりとり”の場に、初めて身を投じることになる。
そんな彼女の前に現れたのは、ジオンの伝説ともいえる存在――黒い三連星、そのうちのふたり、ガイアとオルテガ。
彼らが操るのは、懐かしくも威圧的なモビルスーツ――リック・ドム。
新世代の少女と、過去の戦場を生きた老兵。
その邂逅が、静かに火を灯す。
「私はここにいていいのか」「戦う理由はどこにあるのか」――そんな問いが、ニャアンの胸を焦がし始める。
「キラキラを知らない」ニャアンの存在が示すもの
「キラキラって、なんだろう」
それはただの疑問じゃなかった。戦場で銃を構える少女が、心の底から放った、“知らないままでいたかった感情”の叫びだった。
彼女の目は濁っていない。まだどこかで“光”を探している――そんな無垢さを抱えたまま、ニャアンは戦場に立つ。
そしてこの言葉が、視聴者の奥底にある“かつての自分”を揺らす。
戦場に咲く感情――彼女が初めて見た“誇り”の色
仲間の危機に、ニャアンはためらいながらも一歩を踏み出す。
その背中に、誰かが指示を出したわけじゃない。
あの瞬間、彼女の中にあった“何か”が、確かに動いた。
それは、「役に立ちたい」という感情。
でも同時に――それが戦争である限り、誰かを救うことは、誰かを傷つけることでもある。
その矛盾の狭間で、ニャアンは初めて“誇り”という名の痛みを知る。
感情の芽生えと“痛み”の意味
戦闘が終わったあと、ニャアンは静かに佇む。
仲間の安堵の中で、彼女だけが何かを引きずっていた。
それはミスを悔いる涙でも、戦果に満足する誇りでもなかった。
“自分の存在が、誰かの生死に関わってしまった”という実感。
その現実が、彼女の幼さを一気に押し流す。
でも――それはきっと、大人になるってことなのだろう。
知らないままではいられなかった。
そして彼女は、知ってしまった。
マチュとニャアンの距離が変わる瞬間
言葉はなくても、人は誰かに触れられる。
それがわかるのは、マチュとニャアンの“沈黙の時間”に、確かな変化があったからだ。
第5話では、戦闘よりもむしろ、ふたりの関係性に生まれた微かな揺らぎが心に残った。
戦いの最中、ふとマチュがニャアンをかばうような動きを見せる――それは、指揮官としてではなく、ひとりの“人間”としての選択だった。
仲間としての絆か、それとも…
マチュは多くを語らない。
でも、その視線の先にはいつもニャアンがいた。
指導者としての眼差しではない。どこか、放っておけないという感情が、彼の中に芽生えているように見えた。
ふたりの関係は、まだ“絆”と呼べるほど強くない。
けれど、確実に「誰かを想う」という感情の萌芽がそこにはあった。
言葉にならない心のやりとり
戦いの終わり、マチュがニャアンに向けてほんの短い言葉を口にする。
そのセリフは簡潔で、すぐに流れていってしまいそうなほどだった。
でも――それを聞いたニャアンは、一瞬、目を丸くして、少しだけ笑う。
それだけで十分だった。
信頼も、想いも、すぐには形にならない。
だけど、人の心はいつだって、“言葉にならない領域”で確かにつながっていく。
リック・ドムの戦闘描写が語る“旧世代の魂”
その機体が宇宙に現れた瞬間、空気が変わった。
黒いリック・ドムが、まるで時間の壁を破って現れたように。
第5話での戦闘シーンは、ただのバトルではない。
“かつて戦った者たち”の信念と矜持が、あの機体の動きにすべて託されていた。
ガイア&オルテガ登場の意味
登場したのは、ジオンの伝説「黒い三連星」から、ガイアとオルテガ。
その名を聞くだけで、古参のファンなら誰もが心をざわつかせる。
彼らの存在は、“過去の戦争が終わっていない”ことを静かに告げる。
彼らはもう「未来を託す側」ではない。
それでも――彼らが戦う理由は、今も現役の兵士たちと変わらなかった。
それは、戦場に置き去りにした仲間たちへの弔い。
リック・ドムの戦い方に見える美学と技術
リック・ドムの動きは、決して洗練されていない。
むしろ、重量感があり、重く、どこか野暮ったい。
けれどその一撃一撃には、“無駄な動きがない美しさ”が宿っていた。
敵を追い詰め、確実に仕留める技術。
そして、背中で語る兵士としての経験。
そこにあるのは、最新鋭のモビルスーツに勝るとも劣らない“魂の重量”だった。
演出とカメラワークに込められた物語性
戦場を描くとき、派手な爆発やアクションに目を奪われがちだ。
でも『ジークアクス』第5話で光ったのは、むしろその“間”と“静けさ”の演出だった。
誰かが息をのむとき、何かを諦めるとき、その背中を切り取るカメラが“語られなかった感情”を浮かび上がらせていた。
静と動のコントラストが描く“人間の心”
爆発の中を駆け抜けるリック・ドムの躍動。
その一方で、コクピットの中で言葉を失うニャアンの沈黙。
この“動”と“静”の対比が、第5話に深い余韻を与えていた。
動くことがすべてじゃない。
動けないまま、ただ“見ることしかできない”登場人物の姿こそが、最も心に迫る瞬間だった。
光と影がつなぐ、希望と絶望の境界線
光と影。
そのどちらも、戦場にはある。
ニャアンの頬をなぞるランプの灯り。宇宙の闇に滲むモビルスーツの残骸。
どちらが正しいとも言えない二つの色彩が、第5話の画面を美しく、そして哀しく染めていた。
そしてそれこそが、人間の心のグラデーションだった。
第5話の考察と今後の展開予想
ただの戦闘回だと思っていた――けれど、この第5話には明らかに“仕込まれた意図”がある。
ニャアンがつぶやいた「キラキラを知らない」というセリフ。
それは、彼女だけでなく、この時代を生きるすべてのキャラクターの“心の空白”を象徴しているのかもしれない。
“キラキラ”とは何か、という伏線
「キラキラ」とは何か。
それは希望かもしれないし、平和かもしれない。
あるいは、誰かを信じる気持ちそのものだったのかもしれない。
ニャアンはそれを知らないまま、戦場に立つ。
でもだからこそ、彼女がこれから「それを知る」過程は、本作の根幹になるはずだ。
「キラキラ」とは、この物語における“感情の真芯”なのだ。
ジオン残党と新世代の交差点に見える未来
今回、ジオン残党の象徴とも言える“黒い三連星”が再登場したことで、物語は大きく二つの軸を持ち始めた。
ひとつは過去――戦争という名の傷痕を背負い続ける世代。
もうひとつは未来――その意味を知らないまま戦場に送り出される若者たち。
この二つの軸が交差したとき、どんな“衝突”が起き、どんな“継承”が生まれるのか。
ガンダムという作品が何度も描いてきた「戦いの理由」が、新たな形で再定義されようとしている。
この記事のまとめ
- 『ガンダムジークアクス』第5話は、ニャアンという少女の“目覚め”と、戦場に宿る“記憶”を丁寧に描いた回でした。
- 「キラキラを知らない」という言葉が象徴するのは、希望、無垢、そしてこれから芽生える感情の余白。
- マチュとの関係性にも微かな変化が生まれ、今後の物語の“心の軸”になっていくことが示唆されました。
- ガイア&オルテガ、リック・ドムの登場により、旧世代と新世代の交錯という深いテーマも浮き彫りに。
- 戦闘演出やカメラワークにも物語性が宿り、静かな感情の衝突が丁寧に描かれていました。
――そしてきっと、ニャアンはこれから「キラキラ」を知っていく。
それは血と涙の果てに、かすかに見える“光”かもしれません。
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